読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちょろげ日記

日々のちょろっとしたことを

鬼がこの先生きのこるには

2月3日といえば節分*1、日本全国で鬼が最も活躍する日だ。

ところが、昨今の鬼のなり手不足や恵方巻き業界の隆盛もあり、鬼業界は先行きが見えなくなっている。

「ノルマ前提の恵方巻き業界のほうがよっぽど鬼だ」と自虐的に愚痴を吐く鬼も少なくない。
 

そうした危惧もあり、目をつけられたのが保育園だ。幼少期から鬼に親しませようと鬼業界があの手この手のしかけを仕組んできている。

ところが、もとより人を驚かしてなんぼの習性、どうしても鬼対園児の構図で企画を通してしまう。

保育園の数年間、毎年鬼に襲撃され続けた園児たちは、はれてアンチ鬼派として卒園していくのである。なかには優秀な鬼退治ハンターとして巣立っていく子さえいる。
 

我が娘が通う保育園では、この本末転倒な親鬼派育成法を改善すべく、今年からある改革案が採用された。

園児を鬼サイドに立たせ、鬼の素晴らしさを実感させるのである。

まず、鬼のパンツと角の製作からはじまる。

園児は家から持ってきたビニール袋をパンツに見立て、シールを貼って好きなようにデコる。そして、先生が用意してくれた角に好きなように絵の具を塗る。

f:id:tyoro_ge:20170207000459j:plain

我が家では鬼といえば虎のパンツなので、ドン・キホーテ系列のホームセンターの黄色いレジ袋を採用した。「品を売るより信用を売る」のロゴが正面に来るなんとも誠実な鬼が誕生した。
 
この制作過程で園児たちは、自ずと鬼としての立場を意識し始める。鬼界の鬼、鬼のエリートへの第一歩だ。
 

そして、これがうまくできているのだが、われこそは鬼である、と邪気が芽生えた子鬼たちが向かう先は下のクラスなのである。

つまり、2歳児クラスの娘は1歳児クラスを襲撃するのだ。

力が強い大人を襲撃しても、鬼としての矜持は培えないであろう。力を誇示してこその鬼なのだから、目下のクラスへの襲撃はうってつけなのだ。

襲撃した翌日のお便りには娘の姿がこう書かれていた。

「ダンボールの豆をたくさん投げられてニコニコの○○ちゃんでした」

…来年の活躍に期待しよう。
 

さて、目下のクラスを襲撃するシステムということは、もちろん娘のクラスも一つ上のクラスの面々に襲撃される。

ここで、娘たちは鬼の多様性を知ることになる。

まだ幼い娘たちは用意された素材でステレオタイプな鬼と化すしかなかったが、上のクラスともなるとフリーダムである。

SHIPSの青い紙袋をかぶり扉の隙間から覗いて溜めを演出する鬼、「肉のハナマサ」のロゴをパンツの正面に配置し食べてしまうぞとにじり寄る鬼、肩パッドを装着したヒャッハーな鬼、などなど

この目上の鬼たちの襲撃を経て娘たちの心にはこんな想いが浮かび上がるのだろう。

いろんな生き方があるんだな、鬼っていいかも、と。

そして、来年こそは先輩たちのように立派な鬼になってみせる、と息巻くのである。
 

…無事に節分のイベントを終えると、全園児はいつもの集会へと大広間へと向かう。

ここが賛否の別れるところで、ガチのやつを入れてしまうのが鬼の性である。園長あらため怨長先生が扮する赤鬼が集会に乱入し、成熟した鬼の怖さを見せつけるのだ。

下のクラスへの襲撃を成功させ意気揚々としていた子鬼たちから笑顔は消え失せ、一転、阿鼻叫喚の場と化す。

鬼への親しみ、憧れの想いが生まれていた矢先にこれである。やはり鬼は鬼なのだ。

その後、一度帰ったと見せかけて安心したところに再び乱入するという古典的な演出をして、赤鬼は満足げに帰っていった。

怨長先生は「いつか私も立派な鬼になるんだ、この中の一人でもそう思ってくれればいいんです。」と語っていたとかいないとか。
 

…そして、節分の夜の我が家。怨長先生の思いが通じてか、かわいい小鬼が大暴れをしていた。親鬼派の明るい未来が見えた瞬間である。

f:id:tyoro_ge:20170207000514j:plain

しかし、自ら豆を投げるニュータイプの鬼となっていたことは一考の余地ありと、鬼業界へ提言したいと思う。
 
 

という、虚実織り交ぜのお話でした。

言いたいことは、いつも園児のために試行錯誤してくれる保育園に感謝してます、という点につきますが、 今週のお題「私のタラレバ」 にかこつけて鬼業界の立場になって書いてみました。深い意味はありません。悪しからず。

*1:たまたま2月3日なのであって、2025年からは2月2日になってしまうそうだが。