ちょろげ日記

日々のちょろっとしたことを

尿管結石になったおかげで娘が早寝するようになった

8月下旬の深夜0時、左背中後部にずーんとくる謎の痛みがきた。小一時経ってもおさまらない。

仰向け、うつ伏せ、三角座り、長座、土下座、あらゆる体勢でやり過ごそうとしたが、ついに限界点を超えた……そこからあまり記憶はない……
 
妻によると、安眠していたら顔面蒼白の人に「おれだめかも」と起こされてパニックになったけどなんとか救急車を呼べた、だそうだ。あと、痛くなると笑っちゃうタイプの人だったんだね、と言われた。
 
 

救急病棟に運ばれ、尿検査とCT検査を受けた結果、尿管結石の診断。噂に聞く尿管結石の痛みはチクチク系だと思っていたが、全く違う質の痛みだった。チクチクではなくてズゥーーーン。まぁ、知っていたからといって我慢できる類の痛みではなかったが。

正式な診断は泌尿器科の先生からということで点滴をしながら朝まで待つことになった。

点滴をセットしてくれる看護婦さんが、夏の夜中は尿管結石で運ばれてくる人が多いんですよ、と言ってるそばから同じ症状で苦しむおっちゃんが運ばれてきて尿管結石の診断をくだされていた。風物詩か。  
 

なかなか寝つけぬまま朝になり、診察へ。先生から説明を受けた。

腎臓から出ている管(尿管)が石で塞がると、尿を排出するときに腎臓が圧迫されて膨らむ。そのときにズゥーンという痛みが来る。圧力の均衡が保たれると痛みもなくなるので、痛みがずっと続くわけではない。ただし、石が動いて圧力の均衡が崩れてまた尿管が塞がると同じ痛みがやってくる可能性がある、だそうだ。
 
ちなみに尿管結石になるかどうかは食生活によるところ大きく、例えば遅い夕食をとってすぐ寝る、動物性の脂肪やタンパク質をよく食べる、石の原因となるシュウ酸をふくむ食材をよく飲食するなどあるが、これがまぁ全部あてはまること。なるべくしてなった尿管結石であった。
 
 
しかし、生活習慣はあらためるとして、問題は石が出ない、今そこにある石。

石が出るまでは、くるかもしれない激痛の恐怖におびえて暮らさなければならない。さらにどうにも石が出ないとなると手術で除去しないといけない。石が出ないまま放置しておくと腎臓が機能低下して止まるかもしれないですし、とかめちゃくちゃ怖い事も言われた。

では、石をどう出すかという話だが、水をたくさん飲んでたくさん動く、なんならジャンプする。これしかないらしい。
 
そこから、ひたすら水を飲んで隙あらば飛び跳ねるおっさんの涙ぐましい毎日が始まった……   
 
 
そして、1ヶ月後のCT検査。そこにはまったく同じ場所で元気にたたずむ石の姿が!

2ヶ月後の予約までに石が出なければ手術しましょうか、とのお言葉を先生からいただく。同じことをやっていてはだめだ、焦る気持ちがピークに達した翌日……
 
 
 
我が家にトランポリン届いた。

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尿管結石で石を出すのにはジェットコースターに乗ると良いという研究もあるのだから、トランポリンで飛び跳ねれば石も出ざるを得ないだろう。焦る気持ちで買ってしまった。

じつは娘(4歳)も以前からトランポリンが欲しいと言っていて、届いて組み立てるやいなや爆跳。お気に召したようで、レゴフレンズを観ながらずーっとぴょんぴょんしている。

購入にあたって、静音性を優先して金属バネではなくゴムバンド式のタイプを選んだ。そのせいか、飛び跳ねる力はそれほど強くなく、娘も数センチ飛び上がる程度でおさまっている。室内ではむしろこれぐらいのほうが良いのかもしれない。  
 

ところで、このトランポリンは早くも効果をもたらした。我が家の目下の悩みの一つであった娘の夜ふかしが解消されたのだ。

保育園でお昼寝してくることもあって、娘は体力ゲージが8割ほど残った状態で帰ってくる。室内で体力を使った遊びができないものか、と思案していたところにこのトランポリンがガッツリはまった。

帰ってくるやいなやピョンピョン、ちょっと時間ができたらピョンピョン、届いた日からトランポリンは娘の定番グッズとなった。そして、早寝するようになった。 
 
 
というわけで、尿管結石になったおかげで娘が早寝するようになった話でした。石はまだ出てません。

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旅と米

大の旅行好きというわけではないが、年に1,2回のくらいの頻度で旅行にでかける。その土地の歴史や文化、生活を見聞きして体感するのはとても楽しい。その点、ご当地料理を食べることはまさに旅の醍醐味といえる。

米も当然ながらその土地その土地で存在感が違ってくる。これまでどんな米と出会ったのか、過去の旅で出会った米を思い返してみた。

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グーグルフォトで「食品」や「米」で検索すると関連する写真が出てくるので便利
 

ミラノと米

数年前に妻と新婚旅行でイタリア旅行に行った。各地の美味しい食べ物を頬張る妻の笑顔が多い旅だったが、そのうちで思い出深いのがミラノの米だ。

ミラノは、他のイタリアの都市と同じように荘厳なドゥオーモ(大聖堂)がある一方、現代しかも風変わりなビルが目立ち、文化と工業が入り混じった独特な雰囲気が印象に残っている。

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まさに荘厳だったミラノの大聖堂

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ミラノの風変わりなビルと大聖堂屋上からの眺め。聖人が見渡す街にはビル、その先にアルプス山脈。他の都市にはなかった風景が広がる。

ローマやフィレンツェとは何か違う、そんな印象は食でも感じた。パスタではなく米を使う名物、そうミラノ風リゾットだ。

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パスタやパンなど小麦粉にどっぷり浸かっていた旅であったので、米、というだけで胃袋が刺激されたのを覚えている。ただ、米といっても日本の米よりは芯がのこっていて食感は違う。そもそも種類が違うのだ。

イネの品種は、日本で食されるジャポニカ米、タイ米などと呼ばれるインディカ米の2種類に大別される。イタリアでは、ジャポニカ米から分化したジャバニカ米という品種が主に食べられる。

このジャバニカ米、遺伝子的には日本の米の親戚だといっても、長さと幅も大きく粘り気が少ない。そういった特性もあり、リゾットもパスタ同様にアルデンテで調理する。

ミラノ風リゾットの味はというと、サフランの香りにバター、ブイヨンなどで結構こってりな味付け。これに日本の米だと重すぎる感じだ。

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一緒に頂いたミラノ風カツレツ

ミラノは緯度が北海道と同じくらいなのでジャポニカ米の栽培も可能だろうから、長い歴史の中ではジャポニカ米も食されたことがあったはずだ。しかし、粘り気がイタリア人の味覚にあわず淘汰。イタリア人の好みの味付けに合うジャバニカ米が生き残ってきた、と勝手に想像する。

主食というより食材の一つとして受け入れられてきたんじゃないだろうか。

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スフォルツェスコ城と人を飲み込む竜が描かれたミラノ公国

ちなみに、イタリアの稲作の起源をさかのぼると、ミラノが起点となった説がある。

お米の栽培を奨励したのは、ミラノの公爵である。平野が広がるミラノ周辺は、お米の栽培には向いていたためである。1473年の公爵の手紙には、「私の領土に米を植えた。しかし、栽培方法に明るくないので、詳しい者を招聘した」①と書かれている。この時代にミラノで活躍していたレオナルド・ダ・ヴィンチも、現在まで残る草稿に「Riso (米)」という言葉を書き残している。

『リゾットの国』イタリアのお米の歴史 | 日本お米協会 |「選ばれるお米」をつくる農家コミュニティメディア

レオナルド・ダ・ヴィンチも裾をたくし上げて腰をかがめて田植えをしたんだろう、と思いを馳せるのも旅の浪漫なのかもしれない。 
 

チェンマイと米

タイ旅行もどの都市の食べ物も美味しかった。ウムウムと味に頷きながらタイグルメを頬張る妻を思い出す。その中でも印象に残っているのはチェンマイだ。

チェンマイはいわゆる古都をうりにした観光地なのだが、京都や奈良もしくはカンボジアなどを想像していくと肩透かしをくらうはずだ。

なんというか全体的に金ピカ、ギラギラなのだ。

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チェンマイを代表する寺院の一つ、ワット・プラタート・ドイ・ステープ

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極彩色の仏像、電子工作がほどこされた仏像たち
容赦なく塗り直されていたり、謎の電子工作が組み込まれた仏像があったり、と古都感がない。これも現在進行形で仏教が生活に根付いていることのあらわれなのだろう。

思っていたのと違う、という印象は米でも感じた。

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一つ目の店で食べたレッドカレーと米。スパイスがきいたカレースープにパラパラの米をひたしてひと口。妻と顔を見合わせて「うまい!」とシンクロした。これぞ想像するタイ料理と米だ。

しかし、チェンマイに滞在しているうちに食べたパラパラお米はこれが最後だった。それから訪れた店々で出会った米は違った。もちもちしていたのだ。

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左奥、竹かごに入っているのがチェンマイのお米

小ぶりな竹かごに入っているのでフォークや箸だと少し取りづらい。聞いてみると手で食べてもよいそうだったが、少し抵抗があったのでフォークでたどたどしく食べる。妻は俄然もちもち派だったので、口に入れた途端、顔がぱぁーと光輝き、ギラギラとしたチェンマイ然とした顔になっていた。

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タイ北部の郷土料理がぜんぶ乗ったカントーク料理、ここにも竹かごに入ったもち米が出てきた

日本で食されるジャポニカ米にうるち米ともち米があるように、インディカ米にもうるち米ともち米がある。バンコクなどではうるち米が主だが、チェンマイなどタイ北部はもち米が伝統的に食されているとのことだった。

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早朝に行った托鉢でももち米があった

ミラノでは米はあくまで食材のひとつという感じだったが、チェンマイでは主食としての根付き方がひと味違う。もち米を主食とする民族が主体となって育まれたのがチェンマイのラーンナーとよばれる文化なので、そういった印象もあながち間違いではないのだろう。

それにラーンナー文化のラーンナーは「百万の田、多くの田」という意味だから、米と密接に結びついた文化であることは間違いない。

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ただナイトマーケットの謎寿司には勇気が出せなかった……はたしてもち米だったんだろうか。  
 

日本と米

ミラノ、チェンマイでは美味しい郷土料理と米に出会った。日本国内の旅行はというと、米を主食とする点はチェンマイと同じだが、ひと味違った情熱を感じる。

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小諸「中棚荘」、米中心の完璧なフォーメーションの朝食

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黒部ダム黒部ダムカレー

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和歌山アドベンチャーワールドの象とぞうさんカレー

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棒状おにぎり?旭川のファーストフード、ジュンドッグ

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個人的ベストご飯のおとも系お土産、島根のするめ麹漬け、麹も米麹だ

これだけ米ありき、米を使ってどうにかしてやろうという米ドリブンな料理が多いのは日本だけだと思う。

さて、国内旅行で一番思い出深い米はなんだったろう。妻と意見が一致したのは北海道旅行で食べたおにぎりだった。

帰りの飛行機の時間までに軽く小腹を満たそうと札幌駅で見つけたおにぎり屋さん「ありんこ」。後で知ったが有名店らしい。

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ありんことメニュー

店名でちょっと躊躇したが思い切って入って正解だった。べにしゃけ、うめ、ツナマヨなどの定番以外もチーズかつおなど魅力的な具がたくさん。

この北海道旅行も美味しいものだらけで目を輝かせていた妻は、おにぎりも美味いのかよ北海道、と畏敬の念とともに米を噛み締めていた。

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ありんこのおにぎり、かぶりつく娘(当時3歳児)

 

米と旅

ミラノ、チェンマイは美味しいお米と米にまつわる歴史があった。また、北海道を加えて米エピソードで思い出深かった3つの都市がのいずれも各国の北部に位置するのは偶然かもしれないが、これもなかなか面白い。

あとから思い返してもこれだけ気づきがある旅と米。旅行に行った当時はさほど意識していなかった米の使われ方も俄然興味が出てきた。むしろ米が主役の推し米を巡る旅も楽しいかもしれない。

 
 
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4歳児と一緒に!トマムでアクティビティ三昧の秋

9月中頃、暑さが残る関東をあとに初秋を迎える北海道トマムに旅行に行ってきました。

今回の旅行のテーマは、4歳時のチャレンジ。初めての体験をいっぱい楽しんでもらって成長していただこう、というのが目的です。

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トマムタワー前に広がる芝生エリア、一部の木はもう紅葉し始めていました

トマムのホテル前には「さぁ遊びなさい!」という感じで起伏に富んだ芝生エリアがどーんと広がります。これだけで4歳時には魅力的なのですが、加えてさまざまなアクティビティが用意されています。

 
季節によって選べるものに微妙に違いがあったり、人気のものはいつのまにか予約が埋まってしまっていたりと、出発前まで頭を悩ませた結果、我が家は次のアクティビティを予約していきました。

事前に調べられる情報がほとんどなかったので、やや心配でしたが、どれも大満足。娘の成長につながるよい体験ができました。   
  

キッズラフティング

www.snowtomamu.jp

娘は基本的にびびりなので、初ものはだいたい敬遠しがちです。川遊びもしたことがないのにいきなり川下りに挑戦できるんだろうか。かなりドキドキで臨んだキッズラフティングは、想像通りハラハラの展開がありつつ、結果的に娘の思い出にのこる体験となりました。

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出発前の様子

まずはお着替え。トマムから20分程度車で移動した場所でラフティングをする格好に着替えます。どんな格好で行けばいいのか気になっていましたが、履物と上下のゴアセットを貸出してくれるので普通の服で行っても問題ありませんでした。

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ラフティングのスタート地点

さらにそこから10分程度移動した先にラフティングのスタート地点があります。そこで漕ぎ方や万が一の場合の対処などレクチャーを受けて、いざ出発。娘が船の先頭、父母が真ん中、ガイドさん最後尾という配置でいきます。

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下る川は空知川。ガイドさんの経験上、ラフティングできる川で一番綺麗な川かも、とのこと。川底がみえるほど澄んだとても美しい風景が広がります。

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ただ、美しいだけが自然ではありません。2016年の集中豪雨で住宅やじゃがいも畑、ポテトチップス工場などこの周辺は激しい被害があったそうです。3年経った今でも川岸沿いには倒木が多く残っていました。

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さて、このコースですが、キッズとついているもののラフティングです。自然を感じつつ悠然と下るだけではなく、わりと序盤から激しいエリアが登場します(といっても子供向け)。

そのせいかしだいに娘の腰が引けて……

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……娘の眼前に広がるのはボートのラバーのみに。

立ち上がるのを渋る娘にが、ほらきれいだよ!立ってごらんよ!だいじょうぶだよ!少し頭あげてみたら?もったいないよ!ラバーじゃなくてリバーみようよ!できる!できるって!やるき!げんき!

4歳児を必死に説得する大人三人。それもむなしく娘は父母に挟まれた安全地帯に引き下がることに。このままだと悪い印象しか残らないかもしれないと嫌な予感が覆ったきっかけは、石探しでした。

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いろんな形や色の石がありました

丸い石、平たい石、緑の石、赤い石、いろんな石を観察して、娘なりのいい石をじっくり探す時間を楽しみ、ラフティング再開。

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石探しで落ち着いたようで、父母の間に挟まれポジションですが自然を観察する余裕が出てきた娘。以前は一度嫌なことがあるとしばらくご機嫌リカバリーが難しかったんですが、すばやく切り替えられるようになったんだなぁと成長を実感しました。

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そして、はじめての魚採りも体験。ざるを下流にかまえて石をどかす、というだけで簡単に小魚を捕まえることができます。

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私たちでもドジョウやカジカを捕まえることができました。娘にとって生きた魚を直接触るのは初めてだったので、記憶に残るよい体験ができたんじゃないでしょうか。

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かなり慣れてきた後半はガイドさんと一緒に漕いで川下り。一時はどうなるかと思いましたが、娘にとって楽しい思い出になったようで安心しました。娘なりの試練もあってそれを乗り越えて楽しめたのは自信になったかもしれません。

 
ちなみにラフティングは、この他にも2歳児から参加できるものや、おじいちゃんおばあちゃんもご一緒に~のファミリー向け、ハードな大人向け、など沢山用意されています。それぞれ催行会社が違うので参加したコースによって印象が違うかもしれません。

今回のコースはリトルトリーが催行会社でした。ガイドさんの雰囲気や気づかいがとても良くて、素晴らしい体験ができたので次回も機会があればリトルトリーが関わるコースでお願いしたいなと思いました。  
 

モーモーカートで行くファーム体験ツアー

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モーモーカートで行くファーム体験ツアーは、朝8:30に集合してホテル前面の芝生エリアで飼われている羊、山羊、牛に朝ご飯をあげに行きましょう!というアクティビティです。大きな動物がちょっと苦手な娘は無事にふれあえるんでしょうか。

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まずは羊たち。ゲートを開けると餌が入ったバケツにだだっと殺到してきました。

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そのすきにふわふわの羊毛をさわさわ。娘「思ってたよりごわごわしてた」だそうです。やっぱり実際に触ってみるのは大事ですね。

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次の山羊はリードをつけてお散歩、そのあと餌やり。結構やんちゃな子山羊さんでした。

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どんなふうに食べてるのかな?とお食事の様子をのぞく娘。大きい動物が苦手だった頃を思い出すと成長したなぁ。

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最後は牛さん。かなり近づいて餌やりができます。さっき見た羊もウシ科のいきものですが、同じウシ科でも顔がずいぶんと違うものです。

机上で学ぶ知識と実際に見たり触ったりした経験が結びついて気づきを得る、娘にはそういう感覚はまだ早いかもしれませんが、いろいろ体験させることは大事だなぁとあらためて実感しました。

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最後はこの牛さんたちのとれたてミルクをいただきます。かっこよく決めポーズで写真はとっていますが、匂いに敏感な娘は一口で断念してしまいました。いつも飲んでいる牛乳に比べると濃厚すぎたようです。まぁこれも経験ですね。
 
 

ナイトサファリ

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ナイトサファリは、あたりが薄暗くなる夕方に集合して、ホテルの敷地内をカートで周遊しつつ野生の動物を観察しよう!というアクティビティです。遭遇できる可能性があるのは、エゾシカ、ユキウサギ、キタキツネとのこと。娘は当然ながら妻も私もどれも見たことがないのでとても楽しみにしていました。

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ガイドさんのカートにぞろぞろと参加者カートがついて行きます。ガイドさんが野生動物を見つけたらトランシーバーで参加者へ連絡して停車。そろりそろりとターゲットへ近づいて観察する、という流れです。

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まったく見つからないときは時間を延長することもあると説明にありましたが、この日はわりとあっさりと最初の動物が見つかります。

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野生のキタキツネ!これには妻も私も大興奮。朝に餌やりした牛たちとは違ってこれ以上距離をつめることはできませんが、自然に一歩近づいたようなワクワクする瞬間を味わえました。

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遠目に怪しく見えるトマムタワーのせいで若干の異世界感も味わえます

次に見つけた動物は……。

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エゾジカの群れ!実は昼間に1頭だけみることができていたんですが、やはり群れで見ると迫力が違います。

ここで娘はワクワクというより少し怖いような印象を受けていました。このあたりは昼間にも足を運んだ場所でしたが、この時間は全く雰囲気が違います。夜になると自然の領域が広がってくるというか、娘はなんとなく森のや自然の怖さも感じていたのかもしれません。

この日は2種類の動物発見で終了となりました。野生の動物だけでなく夜の自然という都会では体験できない貴重な経験をすることができました。  
 
 

というわけで、初秋のトマムでアクティビティ三昧をしてきました(他にもポニー乗馬やプールをやりました!)。狙いどおり娘はよい経験をして成長できたんではないでしょうか。

他の季節ではまた違った体験が楽しめそうですし、機会があれば娘とともにまた泊まりたい素敵なリゾートでした。

 
 

今週のお題「○○の秋」

4歳児の論理力が伸びる瞬間を味わえるパズルゲーム「ラッシュアワー」

幼児と接していると、バージョンアップしたかも?という感じで、一つレベルが上った成長を実感することがあります。そんな中でも、最近おおっ!となったのが、「ラッシュアワー」で遊んでいるときでした。

 

ラッシュアワーって何?

ラッシュアワーは、パズル作家 芦ヶ原伸之さんが考案、アメリカのシンクファン社が1994年販売したパズルゲームです*1

シンクファン (ThinkFun) ラッシュアワー (Rush Hour) [正規輸入品] パズルゲーム

シンクファン (ThinkFun) ラッシュアワー (Rush Hour) [正規輸入品] パズルゲーム

 
シンクファン社のホームページでは「Skill: Logic and Problem Solving(論理と問題解決)」にカテゴライズされています。

www.thinkfun.com

 

ルールはシンプルで、次の通り。

  • 駐車場(6マスx6マスの盤)に車(1x2か1x3の大きさのコマ)を配置。
  • 車は前と後ろにしか動かせない(長い辺に平行な方向)。
  • 特定の車を駐車場から出すために、車をどういう順番で動かすか考える。
  • 車の初期配置が書かれたカードが40枚(40問)。

ちなみに、ラッシュアワーの対象年齢は8歳以上です。3,4歳には厳しそうなので、対象年齢5歳以上のラッシュアワージュニアで遊んでいます。こっちのほうが簡単な問題が用意されています。

 
 

はじめは指示通りに並べるところから

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こんな感じで、カードに描かれたとおりに車を配置していきます。ラッシュアワージュニアを買ったのは3歳11ヶ月ごろだったので、指示通り配置できたら十分かなぁ、と思っていましたが、ササッとできてしまったのでちょっと感動。

さてここからが本題です。ラッシュアワージュニアは、アイスクリーム屋さん(白い車)を駐車場から出す問題が40問用意されています。駐車場の出口は一箇所だけ。

例えば、下の問題。アイスクリーム屋さんが出口に向かって進むには、黄色いバスが邪魔です。でも、黄色いバスはもう一つの黄色いバスが邪魔です。さぁどう動かしましょう?という感じ。

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あれを動かすには、あれを動かして、あーして、こーして、がラッシュアワーの遊びのポイント。配置はあっさりできましたが、これはどうでしょうか。

娘「(車をもちあげて)そらをとびまーす」

……だめでした。車は前と後ろにしか進めないというルールでちょっとイライラしちゃうようです。そしてのそのまま、盤のそとで車をつかったおままごとへ……。  
 

論理力が発揮される瞬間

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そんな感じで、しばらくは本来の遊ばれ方がされないままの毎日が続きましたが、ある日のこと。

お母さん(むしろ一番ハマっている)がラッシュアワーに挑んでいる姿をみて、娘が「こうすればいいんじゃない?」とか詰め寄っています。

これはいけるかもと、問題1を試してみたらルールどおりやってる!どうやら親が本気で遊んでる姿を見せるのは効果的なようです。

でも、何をどう動かせばよいかまだ勘所がつかめていないみたいなので、手詰まった頃合いを見計らってちょっと誘導してみます。隣に座って、

私「アイスクリーム屋さんが前に進むには誰が邪魔?」

娘「これがじゃまー」

私「それも誰かが邪魔だよね、どうしよう?」

娘「これを動かしてー」

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おお、解きだした!

アイスクリーム屋さんを駐車場から出すためにじゃまな車をどう動かすか?という問題だと理解できたようです。そうなると、あとは車を動かす順番を試行錯誤していくのが考えどころです。

車をどういう順番で動かせばいいのか、ロジカルに一手、二手、三手を読んで順番を組み立てて実行している娘の姿を目の当たりにして感動してしまいました。

 

まとめ

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日常生活の中でも正しい順番を考えてそのとおり実行するという力を培う場はたくさんあると思います。料理をつくったり、先生の言う通り工作をしたり、とか。

でも、そういう日常生活でいつの間にか身についている力がググッと成長する瞬間ってなかなか気づけないですよね。

論理力というとちょっと大げさですが、子供の論理力が発揮される瞬間を実感したい方にはラッシュアワーはおすすめ!更にいうと、対象年齢よりちょっとまえの3,4歳の頃から遊ばせて、出来ないところから出来るようになる過程を見ると、はっきりと子どもの成長を感じることができておすすめです。

*1:芦ヶ原伸之さんは「あるなしクイズ(xxにはあってxxにはないのはなんだ?)」を考案された方だそうです

現代サンタクロースを生み出したのはコカコーラ社ではなかった

「お父さん、ちょっとお話が…」保育園へお迎えに行ったある日、園長先生が深刻な顔をして近づいてきて、何かあったかと思ったら、

「サンタやりません?」

と軽いノリで重めの依頼をいただきました。何が重いって、「本当のサンタさんがやってくる」という期待に応えないといけないですし、園児80人にバレないようにミッションをこなさないといけないんですね。何よりわが娘が目を光らせています。

一方で私はサンタ経験ゼロ……という状況で、無事にやり遂げることができたんですが、ちゃんとしたサンタ?になるべく調べていたら、現代サンタクロースのイメージについて勘違いしていたことがあったのでまとめておこうかな、という内容です。  

万人に通じる現代サンタのイメージ

依頼を受けて、どうしようかといろいろ調べた結果、サンタ衣装と伊達メガネと大量のひげで、中にダウンジャケットを着込んだらいけるでしょうと、変装したのがこちら。

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初サンタにしてはそれらしく変装できたような気がします(画像はやや加工してます)。保育園の子供たちにも「本物のサンタ!」と盛り上がってもらって、娘にもバレずにミッションコンプリートできました。

それにしても、サンタ役をやって初めてきづいたんですが、そもそもサンタクロースって誰でも変装しやすいデザインになってるんですね。万人にサンタだ!と通じる特徴を持っているおかげです。

いったい誰が生み出したんでしょうか?  

コカ・コーラ社が1931年に現代サンタを生み出した?

たしかコカ・コーラ社が絡んでいたような?と調べてみると、ホームページで以下のような記載がありました(太字は私が加工)。

サンタクロースは、4世紀ごろトルコに実在した守護聖人、聖ニコラスの伝説にもとづいた伝説上の人物です。クリスマスには欠かせないキャラクターとして広く知られていたものの、共通のイメージはなく、その姿は、愉快な老人の小人や妖精、恐ろしげな子鬼まで、さまざまに描かれていました。 
1931年、コカ・コーラ社のクリスマスキャンペーンのために、画家ハッドン・サンドブロムが描いたサンタクロースは、赤い服に白いあごひげをたくわえ、見るからに陽気で楽しいサンタロース。その人間味あふれる表情やしぐさは、たちまち人びとの心をとらえました。 
<省略> 
“白いあごひげに真っ赤な衣装の陽気なサンタ”。今でこそおなじみのその姿、実は画家ハッドン・サンドブロムがコカ・コーラ社のクリスマスキャンペーン用に描いた絵がきっかけになっています。

https://www.cocacola.co.jp/history_/story/santa

これだけ読むと1931年にコカ・コーラ社(画家ハッドン・サンドブロム)が現代サンタクロースを生み出したように受け取れます。

というか、はっきりと「現代のサンタクロースを生み出したのは、ハッドン・サンドブロムという名の画家でした。」と言い切っているページもありました。

真っ赤なビロードや白い縁取りのコートに白いふさふさのあご髭。陽気な笑顔のサンタクロースは、いまや、クリスマスに欠かせない存在ですね。 ところが、現在の私たちがイメージしているこのサンタクロースは、ずっと昔から存在したわけではありません。イメージを確立させてきたのは、そう、「コカ・コーラ」のクリスマス広告なんです。同時に、「コカ・コーラ」の広告を通して現代のサンタクロースを生み出したのは、ハッドン・サンドブロムという名の画家でした

「赤い服に白いヒゲ」のサンタクロースを生み出した画家の 貴重な作品アーカイブス!: The Coca-Cola Company

しかし、調べてみると「生み出した」という表現はどうもふさわしくないようです。  
 

コカ・コーラ社が現代サンタを生み出したわけではない、を裏付ける具体例

実は、「コカ・コーラ社が現代サンタを生み出したわけではない」ことを説明しているサイトはかなりあります。むしろ私が知らないだけで有名な話なのかもしれません。

例えば、ファクトチェック(事実検証)をまとめているスノープスというサイトでは「Did Coca-Cola Invent the Modern Image of Santa Claus?(コカコーラが現代のサンタイメージを生み出したのか?)」というお題に対して、「False( 嘘だと確証できる根拠が揃っている場合に使用)」という結論を掲載しています。

www.snopes.com

Although we can identify some of the most influential sources who contributed to the formation of the modern Santa Claus figure (such as writers Washington Irving and Clement Clarke Moore, historian John Pintard, and illustrator Thomas Nast) no single person or institution can lay claim to having created him(適当意訳:現代のサンタイメージに影響を与えた人たちはわかるけど、誰か1人と特例できるわけではない)

The red-and-white Santa figure existed long before Coca-Cola began featuring him in print advertisements, and he had already supplanted a bevy of competitors to become the standard representation of Santa Claus before he began his tenure as a pitchman for Coke(適当意訳:現代サンタのイメージはコカコーラが広告で使う前から存在しました。それに、サンタがコーラを宣伝するより前に、すでに同じように広告に使われることもあったのです。)

それでは、コカ・コーラ社の主張が間違っていると証明できる事実はどのようなものでしょうか。  

例えば、Wikipediaのサンタクロースのページで、「サンタクロースの姿・特徴」や「コカ・コーラにまつわるデマ」を読めば、具体例つきで手っ取り早くコカ・コーラ社の主張が間違っていることがわかります。

サンタクロース - Wikipedia

が、せっかくなのもうすこし具体例を追ってみたいと思います。なお、以降で現代サンタ率xx%と書いているのは完全に私の主観です。  
 

1809年 現代サンタ率1%

まず、サンタクロースという呼称とともに現代サンタの基礎イメージが生み出されたタイミングについて。

サンタクロースは、セント・ニコラスがモデルになったと聞いたことはありますが、どうしてサンタクロースという呼称になったんでしょうか。

セント・ニコラスをオランダ語読みするとシンタクラース となります。オランダでは14世紀ごろからセント・ニコラスの命日にシンタクラース祭を行う慣習があり、その外観はこの通りでした。

Sinterklaas 2007.jpg
By Gaby Kooiman, CC BY-SA 3.0, Link

シンタクラースは、老齢の、威儀正しい、謹厳な人物で、白髪と顎全体を覆う長いあごひげをもつ。 伝統的な白の僧正のアルバ (衣服)(祭服)の上に赤い長ケープ(カズラという)をまとい、赤いストラを付けることもある。 シンタクラース - Wikipedia

その後、オランダ人入植者がアメリカ大陸へシンタクラースの慣習を持ち込み、そのうちにアメリカナイズされて、英語読みのサンタクロースになったそうです。サンタクロースという呼び方自体は1773年には登場していたとのこと。

そして、サンタクロースという名称がシンタクラースのイメージから切り離されるきっかけが登場したのは1809年。Washington Irving(スノープスの記事で影響を与えた1人とされる)が、サンタクロースの新しいイメージを生み出します。

In January 1809, Washington Irving joined the society and on St. Nicholas Day that same year, he published the satirical fiction, Knickerbocker's History of New York, with numerous references to a jolly St. Nicholas character. This was not the saintly bishop, rather an elfin Dutch burgher with a clay pipe. (適当意訳:1809年にWashington Irvingが陽気なセント・ニコラスに言及した風刺作品「 Knickerbocker's History of New York」を発表した。セント・ニコラスは聖なる司教ではなく、陶製パイプをくわえた「elfin Dutch burgher(妖精のようなオランダ市民)」としてえがかれた。)

St. Nicholas Center ::: Origin of Santa

「elfin Dutch burgher」の訳は適当ですが、少なくともシンタクラースからは離れたイメージであることがわかります。ただ、離れたといっても、この時点では現代サンタの要素はまだ生まれていなかったようです。

また、ここで面白いのが、Washington Irvingはサンタクロースの描写をオランダ入植者・文化の風刺作品の一環で描いたところです。言ってみれば現代サンタは風刺から生み出されたとも言えそうです。

 

1821年 現代サンタ率10%

その後、Washington Irvingの発想の延長線上でこんな感じのサンタも登場していたようです。

The Children's friend. Number III. A New-Year's present, to the little ones from five to twelve. Part III (1821), page 1.jpg
By Unknown - The Children's friend. Number III. A New-Year's present, to the little ones from five to twelve. Part III (1821), page 1. Available online at Beinecke Digital Collections, Yale, Public Domain, Link

 
シンタクラースの老齢、ひげ、赤い長ケープという要素に「elfin Dutch burgher」感がミックスされた姿といわれればそうとも言えそうです。ただ、まだまだ現代サンタらしくはありません。  
 

1823年 現代サンタ率30%

1823年、ついに現代サンタの土台となるイメージが生み出されます。

この年に発表された「A Visit from St. Nicholas(サンタクロースがきた)」という詩(作者は諸説あって Clement Clarke MooreかHenry Livingston Jr.のどちらか)に登場します。詩なので文章のみですが、どんなイメージだったかというとこちら。

頭から足まで、毛皮の服を着て、それが灰とススにまみれていた。

後ろにはおもちゃを沢山背負って、包を開く前の行商人のようだった。

目が光っていて、えくぼが幸せそうで、頬は紅色で、サクランボみたいだった。

小さな口を弓のようにして、あごには雪のように白いヒゲを生やして、歯にはパイプをきつくかんで、煙が花輪のように頭をめぐっていた。

サンタさんの顔は広くて、丸いお腹は笑う時に震えて、ジェリーが入ったボウルのようだった。かわいく太っていて、愉快な妖精のようだった。

サンタクロースがきた - Wikipedia

毛皮の服をきて白いひげで太っている、このあたりの表現が以降のサンタイメージの土台となるっていったようです。パイプでタバコをくゆらせるようなイメージは淘汰されていったみたいです。

 

1868年 現代サンタ率50%

少し時間をおいた1868年。この頃には50%ぐらいは現代サンタじゃない?と思わせるサンタが登場しています。シュガープラムというキャンディーの広告に登場するサンタです。

Santa Claus Sugar Plums, 1868.png
By U.S. Confection Co., N.Y. - This image is available from the United States Library of Congress's Prints and Photographs division under the digital ID cph.3g02275. This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., Public Domain, Link

また、早々に広告に使われているあたり、贈り物を届けるというキャラクターの使い勝手の良さが現れています。世界的なキャラクターになっていく片鱗がうかがえます。  
 

1881年 現代サンタ率70%

そして、1881年には「A Visit from St. Nicholas(サンタクロースがきた)」をもとにThomas Nast(この方はスノープスの記事でも影響を与えた1人として挙げられていました)作のサンタクロースが発表されます。これは70%は現代サンタと言えるんじゃないでしょうか。

Santa's Portrait TNast 1881.jpg
By Thomas Nast - 'Santa's Portrait' byThomas Nast, published in Harper's Weekly, 1881 Photo image obtained/rendered by Gwillhickers., Public Domain, Link

 

1901年 現代サンタ率95%

そして、1901年、1902年頃。PUCKという雑誌から、ほぼ現代サンタのイメージが出来上がっていることがわかります。

Puck Christmas 1901 LCCN2010651489.jpg
By Miscellaneous Items in High Demand, PPOC, Library of Congress - Library of Congress Catalog: https://lccn.loc.gov/2010651489 Image download: https://cdn.loc.gov/service/pnp/ppmsca/25500/25586v.jpg Original url: https://www.loc.gov/pictures/item/2010651489/, Public Domain, Link

Santa1902PuckCover.jpg
By Frank Arthur Nankivell - This image is available from the United States Library of Congress's Prints and Photographs division under the digital ID ppmsca.25693. This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., Public Domain, Link

ちなみにPUCKは、風刺雑誌だそうです。生み出されるきっかけがWashington Irvingの風刺だったことを考えると、このサンタは正統進化したサンタクロースなのかもしれません。  
 

1914年 現代サンタ、日本へ

ちょっと面白いのが、日本にも1914年には現代サンタが伝わっている点です。日本の子供雑誌『子供之友』からそのことがわかります。

1914 Santa Claus.jpg
By kodomo no tomo - kodomo no tomo, パブリック・ドメイン, Link

   

1918年 プロパガンダに使われるほど浸透

また、広告だけでなくプロパガンダとしても使われていた歴史があるようで、1918年の第一次世界大戦ではこんなサンタも登場しています。でも、イメージは現代のサンタそのものです。

"Peace. Your Gift To The Nation. A Merry Christmas." - NARA - 512601.jpg
By Unknown or not provided - U.S. National Archives and Records Administration, Public Domain, Link

 

1920年 現代サンタ率100%

Norman Rockwellによる画風は少しこれまでの系統と違いました。自身の1913年の作品ではこれまでの他のサンタと同様にやや漫画チックな表現でしたが、

1913-12-Boys-Life-Norman-Rockwell-cover-Santa-and-Scouts-in-Snow-400.jpg
By Norman Rockwell - http://www.best-norman-rockwell-art.com/norman-rockwell-boys-life-cover-1913-12-santa-and-scouts-in-snow.html, Public Domain, Link

1920年には妖精というよりは人間のおじいさんがベースのサンタクロースが描かれています。

1920-12-04-Saturday-Evening-Post-Norman-Rockwell-cover-Santa-and-Expense-Book-no-logo-400-Digimarc.jpg
By Norman Rockwell - http://www.saturdayeveningpost.com/2015/12/02/art-entertainment/art-and-artists/santa-claus.html, Public Domain, Link

1922年も同様に人間味あふれるサンタクロースが登場しています。

1922-12-02-Saturday-Evening-Post-Norman-Rockwell-cover-Christmas-Santa-with-Elves-no-logo-400.jpg
By Norman Rockwell - http://www.best-norman-rockwell-art.com/norman-rockwell-saturday-evening-post-cover-1922-12-02-santa-with-elves.html, Public Domain, Link

身体的特徴だけでなく温かい人柄を感じる、という背景まで描かれたサンタはまさに現代サンタクロースと言えそうです。  
 

1931年 コカ・コーラ社が現代サンタを生み出す?

という流れから10年後の1931年。

現在の私たちがイメージしているこのサンタクロースは、ずっと昔から存在したわけではありません。イメージを確立させてきたのは、そう、「コカ・コーラ」のクリスマス広告なんです。同時に、「コカ・コーラ」の広告を通して現代のサンタクロースを生み出したのは、ハッドン・サンドブロムという名の画家でした

うーん……。    
 

まとめ

現代サンタの定着に一役買っているのは間違いない事実だと思いますが、「コカ・コーラが1931年に現代のサンタイメージを生み出した」かどうかというと、ちょっと違うのではないかな、という印象です。

個人的には、現代サンタは複数の人が段階的にイメージを膨らませて生み出されてきた(諸説あります)、が結論です。

調べてはいませんが、おそらくコカ・コーラ社の功績はアメリカ以外へサンタクロースの共通イメージを広めたことではないでしょうか。

Washington Irvingがシンタクラースをアメリカナイズしてから、サンタクロースはアメリカの文化の中で育まれてきました。一方で、ヨーロッパなどではサンタクロース的なポジションはシンタクラースであったり、ファーザークリスマスであったり、クリストキントであったり、と様々だったようです。

ファーザークリスマス(イギリス、フランスなど多数)

Postcard of Father Christmas with two children
By Unknown - TuckDB Postcards, PD-US, Link

クリストキント(ドイツ南部、オーストリア、スイス、ハンガリー、チェコ、スロバキアなど)

Lustige Geschichten und drollige Bilder für Kinder von 3 bis 6 Jahren 03

ジェド・マロース(ロシア、セルビアなど)

Ded Moroz 72.jpg
By Sergeev Pavel - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

Olentzero(スペイン バスク地方)

Olentzero Hendaia 2006.JPG
By Josu Goñi Etxabe - nik egina, own work, Public Domain, Link

 
これらの文化が残っている地域もあるようですが、そういった地域も含めて世界的にサンタクロースの共通イメージを通じるようにした、ことにコカ・コーラ社が貢献しているとすれば、それはとても素晴らしい功績だと思います。そのおかげで私もこどもたちに笑顔で手をふってもらえましたし。

ちなみに、現代サンタを生み出したのがコカ・コーラ社であるという説は根強く残りそうです。

諸説あります的なノリなので、テレビ的に好きそうなお題ですが、コカ・コーラ社のポジションを考えるとその主張に難癖つけるようなネタをメディアが大っぴらに取り上げるとは考えにくいからです。

そんなわけで、来年もサンタクロースの大役がきたら、ひそかに先人の創造力に感謝しつつ、バレずに子どもたちを喜ばせるミッションを楽しみたいと思います。